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5月 21 2015

幸田文しつけ帖

以前どこかで「幸田露伴の一番の作品は幸田文」と聞いた記憶があり、ずっと気になっていた幸田文の作品集。文の長女、青木玉の編。

亡き父露伴のしつけに関する思い出を引き合いに出しつつ、日常の悲喜こもごもが、どこかユーモアを感じさせつつ綴られいく。文章全体が慈愛にあふれ、リズミカルで美しい。

障子張りの糊として生麩を煮たのが固く、水を入れてなんとかしようとして失敗し、叱られる場面。

「余計な自分料簡を出してサルをやったのは、孔子様のおっしゃった退いて学ぶに如かずという訓えを蔑ろにするものだ」というのだから大変だ。父に訊かずにものをして、それがへまだった場合、大抵孔子様は千貫の盤石になって私の上へのっかっていじめる。(中略)父は孔子様をえらい方だと敬語をつかっていうが、私には孔子より父の方が絶対である。その「絶対」が、えらい孔子様をしょって頭の上へ落ちてくるのだからたまらない。(p.59)

自身の子供の頃を振り返りつつ、家庭での教えについて曰く。

小学校にあがれば、学校教育がはじまります。学校は学科ごとの知識を教え、加えてくれます。(中略)どうもうまく言えませんが、つまり、なにもないところへ知徳を加えるというか、つづめていえば”プラスする教育”とでもいいましょうか。それに対してうちの中の教えは、出来の悪い部分を救ってやり、弱いところを養ってやる教えがよいように思うのです。(p.200)

この後に続く、父の「出来の悪い部分を救ってやり、弱いところを養ってやる教え」の具体例がじいんと染みるので、興味があればぜひお読みいただきたい。

文章自体も素晴らしいが、内容も「生きているというのはこんなに素晴らしく、美しいことなのだな」と元気が出るものが多い。青木玉編でほかにもシリーズがあるので、年一冊ぐらいのペースで引き続き読んでいこうと思う。