8月 17 2015

2015年の帰省

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お盆にからめて、今年は丸々1週間の帰省。

長期休暇でのんびりしすぎて生活のペースを乱し、バンド練習で自分が不出来だったため落ち込んだりしたものの、旧友と飲んでなんとなくしゃべっていただけで不思議と自分を取り戻し、その後のライブではうまく演奏できたりできなかったりで複雑だったものの、仕事のため妻子より先に帰ってきたのだが、見送りの妻の姿に年甲斐もなくキュンとなり、新幹線で中学高校大学と好きだった音楽を順番に聴いているうちに何だかすっかりやる気満々になって帰ってきた。

のんびりしただけでなく、自分のたるんでいた点が明るみになり、みんなが頑張っている姿に刺激を受けた今年の帰省。娘もまたひとつ大人になった様子で、実りの多い1週間だった。

友人と音楽、そして家族、実にありがたいものです。

人生、やりたいことは多々あっても、やれることは限りがある。

選択と集中。研ぎ澄ませ。

8月 10 2015

宮之上貴昭スーパーカルテット@荻窪ルースター

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ジャズギターを練習しはじめたころ、宮之上さんと吉岡秀晃さんの掛け合いを教則ビデオで目にし、耳にし、こんな音楽が世の中にあるのか!これこそがまさに音楽だ!と大変な衝撃を受けたました。いつか必ずこの二人の演奏を聴きたい!と思い続けてはや8年、出張とライブが絶妙のタイミングで重なり、念願がとうとう叶いました…

7月23日、ひとりぼっちでの初訪問の荻窪ルースター。不安だらけの自分を、スタッフのみなさま、プレイヤーのみなさま、相席の常連さんがたいへんあたたかく迎えてくださって、安心して最高の音楽に浸ることができました。

店長さんのマジックコーナーでは、初訪問ということで私がトランプのカードを選ぶ役を仰せつかり、見事に当てられて楽しかったです。

演奏はもう期待以上、想像を超える演奏の応酬!互いの音に反応するとか、コールアンドレスポンスだとか、頭でわかっているつもりで、あちこちの演奏で何回も聴いていたつもりでしたが、この二人の間にある何がしかは、そういったいままでの経験とは別世界でした。ベースの清水さん、ドラムの橋詰さんのタイトなリズム隊もよく演奏を支えていて素晴らしかったです。

いずれまた機会を作って聴きに行きたいと思います。

店内には様々なミュージシャンの写真やポスターが飾られていましたが、この方たちの写真も。若いですね。

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8月 08 2015

2015定禅寺ストリートジャズフェスティバルの演奏予定

今年も帰仙して出演!私の出演は以下2ステージ。

応援よろしくお願いいたします。

新星パンチョス兄弟
9月12日(土) 13:20~14:00
定禅寺通りシンボルロード水浴の女像前
ジャズスタンダード中心に楽しく激しく演奏。燃え上がります。
カリエンテ鈴木(Gt.)、ケト・パンチョス(Per.)、大村(Gt.)
Bitter Sweet Jam
9月12日(土) 15:30~16:10
錦町公園エントランス
ジャズスタンダード+小洒落た洋楽ナンバーをお届けします。
渡辺(Pf)、Tomomi(Vo.)、大村(Gt.)

8月 08 2015

2015年8月の演奏予定

今週末、久しぶりにパンチョス兄弟ライブです。

乞うご期待。

仙臺ZA 新星パンチョス兄弟ライブ
ミュージックレストラン – 仙臺ZA
2015/08/15(土)19:00-21:45(3stages) M.C.1,500円
新星パンチョス兄弟: Gt.鈴木昭、Prec.ケト・パンチョス、Gt.大村哲
980-0021 宮城県仙台市青葉区中央3-5-14 セントラルパークビル北側1F
022-225-0525(PM18:00より)

5月 21 2015

幸田文しつけ帖

以前どこかで「幸田露伴の一番の作品は幸田文」と聞いた記憶があり、ずっと気になっていた幸田文の作品集。文の長女、青木玉の編。

亡き父露伴のしつけに関する思い出を引き合いに出しつつ、日常の悲喜こもごもが、どこかユーモアを感じさせつつ綴られいく。文章全体が慈愛にあふれ、リズミカルで美しい。

障子張りの糊として生麩を煮たのが固く、水を入れてなんとかしようとして失敗し、叱られる場面。

「余計な自分料簡を出してサルをやったのは、孔子様のおっしゃった退いて学ぶに如かずという訓えを蔑ろにするものだ」というのだから大変だ。父に訊かずにものをして、それがへまだった場合、大抵孔子様は千貫の盤石になって私の上へのっかっていじめる。(中略)父は孔子様をえらい方だと敬語をつかっていうが、私には孔子より父の方が絶対である。その「絶対」が、えらい孔子様をしょって頭の上へ落ちてくるのだからたまらない。(p.59)

自身の子供の頃を振り返りつつ、家庭での教えについて曰く。

小学校にあがれば、学校教育がはじまります。学校は学科ごとの知識を教え、加えてくれます。(中略)どうもうまく言えませんが、つまり、なにもないところへ知徳を加えるというか、つづめていえば”プラスする教育”とでもいいましょうか。それに対してうちの中の教えは、出来の悪い部分を救ってやり、弱いところを養ってやる教えがよいように思うのです。(p.200)

この後に続く、父の「出来の悪い部分を救ってやり、弱いところを養ってやる教え」の具体例がじいんと染みるので、興味があればぜひお読みいただきたい。

文章自体も素晴らしいが、内容も「生きているというのはこんなに素晴らしく、美しいことなのだな」と元気が出るものが多い。青木玉編でほかにもシリーズがあるので、年一冊ぐらいのペースで引き続き読んでいこうと思う。

5月 20 2015

ボクには世界がこう見えていた 統合失調症闘病記

統合失調症にかかってしまった著者が、発症時に「世界がどう見えていたか」を含め、病気に関すること、日常的なことや恋愛等、自らの人生を綴った作品。筆者は有名大学出身で、誰もが知る有名アニメの制作に関わっていた方。描写の細かさが尋常ではなく、強烈な精神病体験の中、これほどまでに自分のことを客観的に見て、詳細に記述できるものかと驚かされる。

社会のあり方について真剣に考え、それゆえに悩み、時には啓示のようなものを受け取ったりもする筆者。その意見や考えた方への賛否は読者によって様々だろうが、ろくに選挙にも行かない自称健常者の平均値より、精神の病はあっても筆者の方がよほど「社会人(社会に生きる人間)としてまっとうに生きていると感じる。

日本中を騒がした連続幼女誘拐殺人事件についての筆者の意見について、まさに私も同じ意見であり、興味深い記述でもあったので引用しておく。

裁判が行われなかったのだとしたら、その理由は精神鑑定で”責任能力なし”と判断されたことにほかなるまい。だとしたらそれを大きく報じて、”心神喪失者の行為は、罰しない”という刑法三九条を見直そうという世論が高まってほしかった。僕はありていに言えば「キチガイは人殺ししても罪にならない」というこの法律を一刻でも早く改正してほしいと思っている。何度も言うようだが、こんな法律があるからいつまで経っても精神障害者が白い目で見られるのだ。これは言うなれば、精神障害者は法律に基づいた社会生活を営む権利はないという差別である。どんな残虐な犯罪者だって正当な裁判を受けられるというのに、精神障害者には裁判を受ける権利さえないとは一体どういうことなのだ。(pp.307-308)

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